東京高等裁判所 昭和61年(う)486号 判決
被告人 奈良忠
〔抄 録〕
原判決は右第二の事実において、「(被告人は)前記日時(昭和六〇年三月二〇日午後七時三分)ころ、前記普通貨物自動車を運転し、前記番地(東京都八王子市明神町三丁目一三番一〇号)先道路を旭町方面から北野町方面に向け、時速約四〇キロメートルで進行中、反対方向から道路右側を進行してくる三浦康弘(当時一四年)運転の自転車を前方約三四・七メートルに認めたのであるから、同車の動静を注視し、適宜速度を調節し、進路の安全を確認しつつ進行すべき注意義務があるのにこれを怠り、無免許・運転未熟のところ、同乗者との雑談に気を奪われるなどして、右自転車の動静注視を欠いたまま、漫然前記速度で進行した重大な過失により、同車の約一八・八メートル手前で危険を感じ急ブレーキをかけたが間に合わず、自車を右三浦運転の自転車に衝突させて路上に転倒させ、よって、同人に加療約三週間を要する顔面打撲・擦過・裂傷を伴う脳挫傷(比較的軽度)の傷害を負わせた(ものである)。」旨を認定判示している。
右判文によると、被害者である三浦康弘は、被告人の進路である道路の右側を対向してきていたのであり、被告人に課されている注意義務は、三浦の自転車の動静を注視し、適宜速度を調節し、進路の安全を確認しつつ進行すべきであるというのであるから、三浦が進路を変えて道路の中央寄りに移動するとか、被告人が進路を変えて道路の右側寄りに移動するというような事実がなければ、両車両は衝突することなく離合できたはずであるのに、そのような事実があったことは判示されず、被告人が三浦の自転車の動静注視を欠いたまま漫然時速約四〇キロメートルで進行したというだけで、両車両が衝突したというのであって、なぜ両車両が衝突したのかが明らかでないといわなければならない。そうすると、右判示は、重過失傷害罪の罪となるべき事実の摘示としては、理由に不備があるものというほかはないから、論旨について判断するまでもなく、既にこの点において原判決は破棄を免れない。
よって、刑訴法三九七条一項、三七八条四号前段により原判決を破棄するところ、当審において予備的に訴因が追加されたので、同法四〇〇条但書に従い、被告事件について更に判決する。(原判示罪となるべき事実第二に替えて当裁判所が新たに認定した事実)
被告人は、
第二 前記日時ころ、前記普通貨物自動車(空車)を運転し、前記番地先の幅員約五・八メートル、指定最高速度二〇キロメートル毎時の道路を、時速約四〇キロメートルで、旭町方面から北野町方面に向かい進行していたものであるが、当時同道路左側には連続して駐車車両があったため、これを避けて同道路の中央部分よりやや右側部分を進行せざるを得ない状況にあり、しかも、被告人の運転していた車両は空車のままで急制動を施すとハンドルを右に取られ、自然に右寄り方向に進行する傾向があったのであるから、前方に対向車両等を発見した場合には、特にその動静注視を厳にして自車進路の安全確認に努めるとともに、速やかに速度を調節して急制動により自車を右寄りに進行させることのないようするのはもとより、急制動をする場合にはハンドルの操作を的確にして対向車両等との衝突等、事故の発生を未然に防止すべき注意義務があるのに、これを怠り、自車進路上右寄りを対向して接近して来る三浦康弘(当時一四年)運転の自転車を約三四・七メートル前方に認めながら、左側助手席の同乗者との話に気を奪われ、同自転車の動静に対する注視を欠いたまま、前記の速度で進行したうえに、同自転車と約一八・八メートルに接近した際、危険を感じて漫然急制動を施し、自車を道路の右側寄りに斜走させた重大な過失により、右三浦をして、被告人車との衝突を避けるため、自転車のハンドルを右に切り道路の中央部に向かわせ、自車の左前部を同自転車の左側に衝突させて同人を自転車もろとも路上に転倒させ、よって、同人に加療約三週間を要する顔面打撲・擦過、裂傷を伴う脳挫傷(比較的軽度)の傷害を負わせた、
ものである。
(坂本 田村 本郷)